武田信玄の本拠地へ!武田神社を訪ねる

今回は山梨県甲府市にある「武田神社」を訪れてきました。
戦国最強とも言われる武田信玄ゆかりの地であり、実はここ、ただの神社ではなく「戦国大名の本拠地跡」なのです。
現地に立つと、神社でありながらどこか城郭の雰囲気を感じる理由がよく分かります。
この記事では、武田神社の由来や歴史を整理しながら、実際に訪れて感じた見どころを紹介していきます。
目次
- 武田神社とは(ざっくり概要)
- もともとは城ではなく「館」だった
- 武田信玄とこの場所の関係
- 実際に訪れて感じた見どころ
- まとめ
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武田神社とは

武田神社は、戦国武将・武田信玄を祀る神社で、大正8年(1919年)に創建されました。
しかし歴史的に重要なのは「神社としての歴史」よりも、この場所そのものです。
ここは、武田信虎・信玄・勝頼の三代が本拠地として政務を行った「躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)」の跡地なのです。
つまり、戦国大名・武田家の中枢そのものだった場所に神社が建てられているというわけです。
もともとは城ではなく「館」だった

▲風林火山の大盃
戦国時代の武田氏の本拠は、いわゆる天守を持つ「城」ではなく、堀や土塁に囲まれた「館」でした。
この武田氏館は1519年に武田信虎によって築かれ、甲斐国統治の中心として機能しました。
▲堀が巡らされています
実際に境内を歩くと、堀や地形の名残がはっきりと分かり、「ここが政治と軍事の中枢だった」という実感が湧いてきます。
武田信玄とこの場所の関係

武田信玄はこの館を拠点に、甲斐を統一し、信濃へ進出し、あの川中島の戦いなどを繰り広げました。
まさにここが「戦国最強クラスの大名の司令部」だったわけです。
なお、信玄は父・信虎を追放するというクーデターを起こしていますが、その後も生活費を送り続けるなど、完全に切り捨てたわけではありません。
こうした一面からも、単なる武闘派ではない統治者としての姿が見えてきます。
実際に訪れて感じた見どころ

まず印象的なのは、拝殿の美しさと重厚感。
唐破風の屋根や木組みの造りは非常に見応えがあります。
また、境内には武田菱の意匠が随所に見られ、武田家の存在感が今も色濃く残っています。

入口の赤い橋と石垣の構成も見事で、「神社+城郭」のハイブリッド空間という独特の雰囲気を作っています。
さらに、境内周辺には水路や自然が残っており、静かで落ち着いた空気。
戦国の拠点でありながら、今は非常に穏やかな場所になっています。
まとめ

▲無料駐車場が神社の周囲にあります
武田神社は「神社」として訪れるよりも、「戦国大名の本拠地跡」として見ると一気に面白さが増します。
・武田三代が政務を行ったリアルな現場
・城ではなく館という戦国初期の構造
・信玄という人物の統治の拠点
これらが一体となった、かなりレベルの高い歴史スポットです。
甲府に来たら、ここは間違いなく外せない場所ですね。
≪コラム≫ 信玄餅の食べ方
山梨といえば外せないのが「信玄餅」。
武田信玄の名前を冠した定番のお土産ですが、実は食べ方にちょっとしたコツがあります。
基本の食べ方

信玄餅は、きな粉をまぶしたお餅に黒蜜をかけて食べるシンプルなお菓子です。
付属の黒蜜をそのままかけて、きな粉と一緒にいただきます。
おすすめの食べ方(こぼさない裏ワザ)
① 風呂敷を広げる
② 容器の中身をすべて風呂敷の上に出す
③ 黒蜜をかけて全体を混ぜる
④ 風呂敷ごと持って食べる

こうすることで、きな粉が飛び散らず、黒蜜もしっかり絡んで美味しく食べられます。
見た目のインパクトもあり、ちょっとした話のネタにもなります。
実は合理的な食べ方
この方法は単なるネタではなく、きな粉・餅・黒蜜を均一に混ぜられるため、味のバランスが良くなるというメリットがあります。
最初から全部混ぜることで「最後だけ甘い」「最初だけきな粉が多い」といったムラがなくなります。
山梨に来たら、ぜひ一度この食べ方も試してみてください。
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