1 徳川家・松平氏の菩提寺『大樹寺』
2 山門から『岡崎城』を望むことができる『ビスタライン』
3 国指定の重要文化財『多宝塔』や『鐘楼』
4 『葵の御紋』が掲げられた本堂
5 『厭離穢土・欣求浄土』の文字とご本尊
1 徳川家・松平氏の菩提寺『大樹寺』

(写真:『大樹寺』)
『徳川家康』ゆかりの地を
巡る日帰り旅
徳川家の源流にあたる
松平家発祥の地
『松平郷』に続いては
岡崎にあります
徳川家松平氏の菩提寺
『大樹寺』へと
やってまいりました
(画像はクリックで拡大できます)
2 山門から『岡崎城』を望むことができる『ビスタライン』

『大樹寺』に着きました

目を引く大きな山門

その向こうにまっすぐ目を向けますと

岡崎城が見える位置に
あることが分かります
徳川三代将軍家光が
寛永18年(1641)
家康の十七回忌を機に
大樹寺の伽藍の
大造営を行う際に
「祖父生誕の地を望めるように」
との想いを守るため
本堂から三門、総門
(現在は大樹寺小学校南門)を通し
その真中に岡崎城が望めるように
伽藍を配置したことに始まります
歴代の岡崎城主は
天守閣から毎日ここに向かって
拝礼したとも伝えられています
この『ビスタライン』は
今なお残る『歴史的眺望なのです』
3 国指定の重要文化財『多宝塔』や『鐘楼』

国指定の重要文化財
『多宝塔』
天文4年(1535)に
7代松平清康が伽藍を再興
多宝塔はこの時に建立された
歴史の深い建造物です

『鐘楼』
3代将軍徳川家光が
寛永13年(1636)から
大造営を行った際
現在の三門、総門、鐘楼
旧裏一の門、裏二の門を
建立しました
4 『葵の御紋』が掲げられた本堂

本堂

大きな
『葵の御紋』が
入っていますね

本堂内では家康殿との背比べができます
5 『厭離穢土・欣求浄土』の文字とご本尊

『ご本尊』の前には
家康の座右の銘であり
戦の時の旗印にも書かれていた
『厭離穢土 欣求浄土』の文字
(ここまでは写真撮影OKなのです)

『厭離穢土・欣求浄土』
この言葉は
桶狭間の合戦で織田信長に負け
命からがら逃げ込んだここ
『大樹寺』での出来事に
端を発します
当時満17歳の松平元康(後家康)
大樹寺に逃げ込んだものの
門の外まで追手が押し寄せ
『元康を出せ!』と迫り
「もはやこれまで」と元康は
自害しようとします
登誉(とうよ)上人から
「このような戦乱の世を
戦の無い平和な世の中にするのが
あなたの仕事ではないのか」と
語り「厭離穢土・欣求浄土」の
言葉を授けます
この言葉は『生まれ変わる』を
意味する言葉であり
文字通り元康は『生まれ変わり』
天下泰平の世とするために
その大願成就を誓ったのだとか

ここから先は写真撮影禁止です

拝観料をお支払いして中に入ります
中には見事な襖絵や
歴代将軍等身大の
位牌が安置されています

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